Koguma

自由に生きたい韓国マニアのゆったり生活

これからは仕事に対して「労働」ではなく「活動」という言葉を使いたい。

こんにちは、そみです。今回は働き方についてのお話をちょこっと。

ここ数日間、今年の抱負を考えたりしていたんですが、今年も昨年と同様「自由にのんびり暮らしたい!!!」っていうのが一番になりそうな予感。あわよくばちょこっとスキルアップできたらな~なんて思ったり。

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働き方も昨年同様「自由でスローに」をモットーに試行錯誤していくつもりなんですが、2018年は「労働」ではなく「活動」という感覚で働きたいなあ、と。

労働→活動

私は元々エナジー少なめな人間でして、恐らく気力・体力ともに下の下。

「労働」に対しても情熱が低めで「ほしいものを買うために!」「お金持ちになるために!」といったモチベーションではあまり頑張れないことに最近気づきました。

どうしたらモチベーションを保ちながら心地よく働けるのかなって悩んだ結果、思い付いたのが、働くことを「労働」と呼ぶのではなく「活動」と呼んだら自分のなかで働くことへの捉え方が変わるんじゃないかなあ、と思ったんです。

 

受動的→能動的

「労働」っていうと、なんとなく自分のプライベートから離れたところにあって強制されているイメージが強いけど、「活動」っていうと人生の一部、積極的に社会に貢献しているっていうイメージになるなって思うんです。

自分のしている仕事が上からの指示であったとしても、「これは活動だ」って思い続けていると不思議と「労働」が「活動」になってくるんです。

私は一応フリーランスとして活動していますが、一部の仕事は上から指示を受けてしています。

自分の意思はそっちのけでしなければならないこともあるので「ああ、辛いな」と思うことも多々あるのですが、とりあえずそれを「労働」と思わずに「これは活動だ!」って思い続けるようにしてみました。

するとあら不思議。段々、受動的な思考から能動的な態度に変わってきて、アイデアがスルルっと出てきたり、クリエイティブなことに挑戦したくなったりしたんです。

フリーランスだからそういったことが可能だって思われる方もいると思うんですが、どういう働き方であれ自分のしている仕事を単に「労働」と見なすのと「人生においての活動」と見なすのとでは大きな差が生まれてくると思います。

そもそも仕事っていうのは、人の役に立つことが前提になっていますから、仕事を通して社会へ少しでも貢献できたり、目の前の人を笑顔にできたり、そういったことは意識すればたくさん目に入ってくるんです。

でも単に労働って枠で仕事をしちゃうと、どうしても見栄、名誉など自分の人生から少しずれた部分だけを見がちになります。それは長い目で見ると苦しい。(だからといってやりがいだけで長時間労働させるのはNG)

だから、人生の大部分を占める「仕事」を「人生における活動の一部」って見なしてしまえば、仕事と生活が乖離しづらくなるんじゃないかなって。

なかなか難しいことだし、理想論のようだけど、これから100年時代を生きていくにあたって大切になってくる考え方だと思います。

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仕事はあらゆる活動の一部

最近はワークライフバランスが重要だとか、クリエイティブな仕事だけが生き残るとか、巷ではいろいろ語られていますよね。

働き方が過渡期を迎えているので仕方ないのですが、何となく急激な変化が求められているようでそれはそれでしんどいな~と。

今ある生活をいきなりガラリと変えるなんて、よっぽど行動力のある人か金銭的に余裕のある人にしかできないなと思うんです。

なので、それが出来ない人はとりあえず今いる場所でマインドから変えていくのが手っ取り早いんじゃないかな。

働き方にモヤモヤしている人は、とりあえず目の前の仕事をどのように捉えるかに集中してみるのもいいかもしれませんね。あえて「明日も仕事」じゃなくて「明日も活動」って言ってみるとか。仕事は人生における活動の一部!と捉えることで、新たなスタイルが見えてくるかも。

ということで私は今年「労働」ではなく「活動」というマインドで、よりよい暮らしと働き方を模索していきたいと思います。ではっ!

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