Koguma

自由に生きたい韓国マニアのゆったり生活

批判病にかかりやすい情報過多の時代、ときには判断保留することも必要

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こんにちは!そみです。

私は読書の世界に負けないくらいネットの世界も好きで、日々いろんな方のブログやツイッターを覗いています。

いろんな人がいろんなことを自由に発信している空間を見ていると「未来は明るいなー」「楽しいことしてる人が多くていいなー」なんて思えてきたりします。

ただ一方で最近ネット上で気になっているのが、「とにかく批判せよ!」「直感で違うと思ったらNOを示せ!」といったメッセージ。

もちろん違うと思った価値観に対しはっきりとしたNOを示すことは大切な自己表現だと思いますし、私自身もよくします。

でも「過剰になってはいけないなあー」「必ずしもすぐに自分の答えを出すのがいいことではないんだなー」と自分自身への反省も兼ねて、最近強く思うようになってきました。

今回はそういう話。

批判が一番簡単

というのも、批判って一番手っ取り早い自己表現なんですよね。批判すれば自分が優位に立てるような気持ちになれるし、自己肯定感も一時的に高まります。(どちらも錯覚ですが)

ネットの世界は特に、批判に拍車がかかりやすい条件が揃っていて、時には想像力が大幅に欠けたような発言をしてしまいがちなんですよね。

最近は個人の時代がやってきたこともあって「強く堂々とした意見=かっこいい」みたいな傾向が少なからずありますよね。「すぐに判断し、自分の意見を明確に出せ」「とにかく批判しろ」という価値観を元に、かっこよく批判している自分に惚れている人だって多いと思います。

もちろんそれが、考えまくって出した意見であるならいいのですが、ただ単にそのときのフィーリングだけで発言したものだったり、影響力のある人が言っているから乗っかってみただけだったり、勢いに任せているのなら、それはあまり望ましい批判の仕方ではないかな、と思うのです。

多面的に見る努力→考えるということ

誰もが自由に発信できるようになってきて情報過多になると、どうしても物事の表面だけを見てしまうようになるんですよね。

最近はとにかく完結で分かりやすいコンテンツが好まれる傾向があって、ネット上だけでなくテレビ番組なんかも「時短で頭を大して使わなくても楽しめる」がテーマになっている気がします。

でも物事ってそんな単純なものじゃなくて、常に多面性があるものだし、自分の想像が及ばない範囲っていくらでも広がっています。

だから何かをパッと聞いたり見たときのフィーリングや直感だけで、その物事への自分の意見を瞬時に決定し、批判するのは結構危険なことなのかもしれません。

別に全ての物事に対して賛成しろということではないです。別に同意する必要もないし、理解できないなら理解しなくてもいい。それは個人の自由です。

ただ常に「物事には多面性があるんだ」ということは頭に入れておかなければならないかなと思います。

発言する前に自分は多面的に見る努力をしたのか、ただの鬱憤で批判しているのではないのか、と立ち止まる必要がありますよね。

これが現代人に求められているスキルなのかもしれません。

えらそうに言っている自分があまりできていないので、言い聞かせるように今書いています…。

 

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答えが出なければ一旦判断保留

というのも、いくら考えたって答えが出ないときは全く出てこないんです。

だから、他の人の意見に乗っかって答えを出す必要もないですし、自分自身が附に落ちてないなら無理に批判する必要もないわけです。

私も昔、ある教授の考えに対して「この人の言っていることは全く分からない。自分とは文化が違いすぎる!」ってなったことがあるんですが、いくら考えても全く答えが出なかったのでとりあえず誰にも言わず判断保留をしておいたんですね。

で、3年くらい経ったある時、その人が言っていたことがスパーンと腑に落ちたんです。

その時「ああ、時間が経てば見えてくることもあるんだな。」「理解できない事柄に対して過剰に反応しすぎるのも毒だな。」と思いました。

もちろん自分の人生を大きく左右することや、身の危険を感じる脅威に対しては断固とした態度をとらないといけませんが、取るに足らないことに関してはある程度判断保留しておくのもありかな、と。

経験すればわかることもありますし時が経てば見えてくるものもあります。

でもまあ一生分からないこともあるので、それはそれで「そういう考えもあるんだなー。でもきっと何か事情や背景があるのだろうから、理解できなくても少し考えてみよう」くらいのスタンスでいておくのが健康的ですよね。

情報過多の時代で全ての物事に対して明確な意見を持ち、いつでも批判できる態勢でいるのは疲れますし、結局は無理して自分を見失うだけです。

ただ、仮に批判できなくてもはっきりした意見を発信できなくても、最終忘れちゃいけないのが、考えること

批判する力と考える力は別物ですよね。答えが出なくて手っ取り早い批判に走りたくなっても、ひたすら考え続ける。かなり難しいことですが、これができてやっと人は人になれるのかもしれません。ではっ。

 

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