Koguma

自由に生きたい韓国マニアのゆったり生活

「ひたすら好きなことをする→回りまわって社会貢献になる」というお話

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どうもこんにちは、そみです。

ゆとり世代代表みたいな発言をしますが、私は常々「好きなことだけして生きていきたい」と強く願っています。

こういうことを言うと一部の責任感溢れる方に反発されそうですが、単に怠けたいとかいう意味ではなくて「気分よく常に心に余裕がある状態」で生きていたいという意味です。

好きなことにひたすら没頭していると「若いうちはとにかく苦労するべきだ」とか「好きなことばかりしていては周りに迷惑がかかる」「社会へ貢献しろ」みたいなことを言われるんですが、必ずしも仕事やボランティアだけが社会貢献になる訳でないと個人的に思うんです。

今回はそういうお話。

社会の雰囲気→みんなの心の状態

というのも、個人個人が好きなことをして、心に余裕がある状態で過ごすと、回りまわって社会貢献につながると思うからです。

社会の雰囲気って、みんなの心の状態で成り立っているものなので、個人個人が幸せでないと活気もなくなるし、不幸なこともたくさん生じてきます。

例えば電車の中なんかいい例で、平日の朝の満員電車と休日の朝の満員電車の雰囲気は全く違いますよね。

平日の朝の電車内は、息が詰まりそうになりますが、休日の朝の電車内は心地よく乗れます。どちらも同じ満員電車で、誰も言葉を発していない状態であるにも関わらず、漂っている雰囲気が全く違います。

それは「ひとりひとりの心の状態」が違うから。

自分の心の状態なんて人には関係ないし、黙っていれば何の迷惑にもならないと思いがちですが、実は周りに伝染してしまうんですよね。

逆に言えば、何か特別有益なことができなくても、目に見えるような社会貢献ができなくても、常に心に余裕のある状態でいておくだけで十分社会貢献になるということなんです。

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ひとりひとりが好きなことに没頭すると…

で、心に余裕がある状態になるためには、やっぱり好きなことに没頭することが不可欠でして。

好きなことに没頭することで、生活に活気が出ますし、自然と心にも余裕ができます。(幸せの条件って人それぞれ違うので、お金だろ!っていう人もいるかもしれませんが、私は好きなことがあるかないかが一番大事だと思っています。)

結果、心に余裕のない人が気づかないことに気づけたり、ちょっとした親切ができたり、たっぷり友達の相談事にのってあげられたりするので、自然と周りがいい循環になっていきます。

好きなことだけをしている人を見ると、その人だけが楽しんでいい気分になっているように見えますし、実際ボランティアや仕事などに比べて社会貢献している感は薄いですよね。

でも、個人個人が幸せであることは自然と周りの雰囲気にいい影響を与えるので本当に大切なことだと思います。

 

まず自分が幸せであること

日本では努力論や苦労話が好まれますが、自分の好きなことは二の次で、仕事にボランティアに家族に、すべての人生をささげることが美徳だとは個人的に思えません。

もちろん経済的な面などで社会貢献できているのには間違いないのですが、自分の心が不幸な状態で仕事したりボランティアするのはあんまり望ましくないな、と。

まず自分が幸せであってこそ、周りを幸せにできるので、いくら目に見える形で社会貢献できていても、だんだん周りの人間関係に歪みが出てきてしまうと思うんですよね。

今回こういう話を書いたのは、ある記事で「あんまり働かずに好きなことだけやってるなんて、社会貢献が全くできてない無責任なやつだ」みたいな内容を目にしたからです。

経済的に考えると一理あるのかもしれませんが、人間の存在意義ってそれだけじゃないですよね。「社会貢献=金」ってあまりにも単純すぎる見方だと思います。

なので今好きなことに没頭している人は、それだけでもう立派な社会貢献になっているので、無理に自分を犠牲にする必要はないと思います。

もっとひとりひとりが好きなことに没頭できると社会もぐんぐん良くなるんじゃないかなーと思う今日この頃です。ではっ。

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