Koguma

自由に生きたい韓国マニアのゆったり生活

これからの時代は「受け身の遊び→主体的な遊び」が必要になってくる、というお話

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こんにちは、そみです!

先日、久しぶりに電車に乗ったんですが、そのとき衝撃的な光景を目にしました。

それは、前のシートに座っている人全員が必死でスマホゲームをしている、というもの。しかも優先座席で。

普段電車に乗っている人からすると、毎日見る当たり前の光景なんでしょうが、私はなんせ久しぶりに乗ったもので「…お…おう」と軽いカルチャーショックを受けました。

というのも、私がよく電車で通学していた頃(2年ほど前)までは、ゲームをしている人はいてもそんなに多くなくて、若い世代がほとんどだったんです。

でも先日の電車でゲームに没頭していたのは、40~50代くらいの会社員や主婦。

私の親くらいの年代の人が、前にお年寄りが立っているのも気にせず必死になってゲームに没頭しているのは、かなり衝撃的でした。

で、その場で私が強く思ったのが、「受け身の遊び」つまり「楽しませてもらうもの」に時間を使いすぎるのは、結構危険だなーということ。

これからクリエイティブな人がどんどん活躍する時代がやってくる中で、「遊び方」についても少し考える必要があるのかもしれません。

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楽しませてもらっているのか楽しんでいるのか

現代社会はスマホゲーム、テレビ、テーマパークなどなど、気軽に楽しめるもので溢れかえっています。

これらはいわゆる”娯楽”というものなんですが、多少これらにお世話になることはあっても没頭しすぎるのはあまりよろしくないかと思うのです。

というのも、みんな「楽しんでいる!」と思っていても実は楽しませてもらっているんですよね。

娯楽っていうのは基本的に受動的なもので、何も頭を使わなくても、ある程度楽しめます。

そして一時的にストレスを発散してくれるかのような錯覚をもたらしてくれます。

もちろん私もたまにテレビや動画サイトを観ますが、観た後に毎回感じるのが、「娯楽ってこちらが主体的に考えてないと、自分の中に何も残らないな」ということ。

 

習慣の力は思っているより怖い

普段何気なくしていることって、積もり積もると影響力が大きくて。

例えば「ぼーっと何も考えずに1時間テレビを観る人」「1時間好きな番組を観て、そこから何か疑問に思ったことや興味のあることを調べる人」がいるとします。

同じテレビという娯楽を、どちらが有益に利用できているかというと、明らかに後者です。

そしてこれが1年、5年、10年と積み重なるとその差は大きく開きますよね。

 

娯楽というものは基本的に受け身で楽しめるように作られているので、油断すると一気に思考停止になりがち。

ただの娯楽なのに大袈裟だなーと思われるかもしれませんが、遊びって割と人生のベースになっているところがあって、遊びの中で主体性とか探求心とかを見つけていくんですよね。

子どもの時を考えてもそうです。

大人から見れば意味のないようなものをひたすら作り、壊し、また作り、壊し、と夢中で遊びます。でも彼らはその中で、自分で考え自分で探求する力を養っているんですよね。

これは大人になってからも同じことで、毎日いかに遊び、遊ぶ中でいかに考え工夫するかが、その後の人生を大きく変えると思うんです。

遊びで培った力は、人間関係や仕事などにも大きく影響してきます。

 

主体的に遊ぶことの大切さ

これまでの時代は、上から言われたことに忠実に生きていれば、安定した生活を手に入れられてきた訳です。

でもここ数年でAI技術がぐんぐん発展し、安定した職業がなくなり、人々の寿命も伸びてきていますよね。

ここで大切になってくるのが「主体的に遊べる力」だと思うんです。

報酬や生産性、周りの価値観などが気にならないほど、とことん没頭できる遊び、自分の興味、探求心が掻き立てられる遊び。

これらを見つけられた人は、遊びと仕事の境界が溶けだしてきているこれからの時代でも、逞しく生きていけると思います。

なぜなら遊ぶことこそが人間の強みだからです。

スマホゲームをしているときなら「このゲームをもっと改善するならどんな点だろう?」、テーマパークにいてるときなら「このテーマパークがみんなを虜にする理由はなんだろう?」、テレビを観ているときなら「どうしてこういう番組の視聴率は高いんだろう?」などなど、たとえ”娯楽”であっても、自分の探求心、自主性を鍛えることはいくらでも可能です。

どんなに小さなことでもいいので、「楽しませてもらっている」から「楽しんでいる」に移行していきましょう!

 最後まで読んでくださりありがとうございます。

 

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