Koguma

自由に生きたい韓国マニアのゆったり生活

韓国で話題の『하마터면 열심히 살 뻔했다( あやうく一生懸命生きるところだった )』は、自分らしく生きる勇気をもらえるエッセイでした。

 

皆さま こんにちはー!そみ(@somi_koguma) です。

今回は久しぶりにおすすめ韓国書籍を紹介していきたいと思います。

 

今回紹介する『하마터면 열심히 살 뻔했다(あやうく一生懸命生きるところだった)』は、ゆるいタイトルとイラストが気になって購入した1冊。

我慢、忍耐、同調圧力といったものが苦手なわたしは、ついついこういったタイプのエッセイを買ってしまうのですが、今回も買って正解でした。

常識や周りの目に振り回されることなく”ゆるく自分の道を生きよう”というメッセージが込められており、読んでいる間中ずっと柔らかいクッションに寄りかかっているような気分になりました。

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今回は本の簡単な紹介と、印象深かったフレーズなどを元に考えたことを書いていきたいと思います。

(ちなみにこの本は韓国語で書かれた本です。)

 

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하마터면 열심히 살 뻔했다( あやうく一生懸命生きるところだった )

 

하마터면 열심히 살 뻔했다(あやうく一生懸命生きるところだった)』は、”我慢・努力しているのに一向に幸せになれない社会”というテーマを元に、”がむしゃらに努力しない勇気”、”ひとつの道に執着しない大切さ”について書かれたエッセイ本です。

 

YOLOや小確幸、ワークライフバランスなど、近年韓国では競争社会に疲れた人達が新たな流行を生み出しています。

 

そんな中、発売されたこちらのエッセイは、まさにいまの韓国人の心情や願いがたっぷり反映された1冊で、発売以降 瞬く間にベストセラーエッセイとなりました。

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著者のハワン(하완)さんは、会社を辞めた後フリーとなり、現在イラストレーター・エッセイストとして活動している方です。

大学受験で三浪したあと、アルバイトに明け暮れる大学生活を送ったり、自由を引き換えに給料をもらうことに違和感を覚え会社を辞めたりと、苦しい青春時代、会社員時代を送った経験があり、おそらく韓国社会の辛い試練を全部知っている方なんだと思います。

韓国特有の競争・上昇未来志向社会に翻弄された経験があってか、彼の言葉にはゆるくも芯があり、多くの韓国人(特に若者)の共感を得ているそうです。

わたし自身も、競争や他人の目を気にしながら生きる人生に嫌気がさして、ゆるく生きる道を選んだ身なので、著者のエピソードや言葉には共感できる部分が数多くありました。

 

ということで早速、印象的だった言葉をピックアップしていきたいと思います。

 

人生マニュアル

그동안 남들이 가리키는 것에 큰 의문과 반항을 품고 살았지만, 그렇다고 그것들로부터 완전히 자유롭지도 않았다.나는 항상 타인의 시선이 신경 쓰였고, 그들 보기에 괜찮은 삶을 살려고 애써왔다. 잘 안 됐지만 말이다. 사실 가능하면 `인생 매뉴얼`에 맞춰 살고 싶었다. 그런데 그게 참 쉽지가 않다..

내가 이 나이에 정말 부끄러워해야 하는 것은 내 나이에 걸맞은 것들을 소유하지 못한게 아니라,나만의 가치나 방향을 가지지 못하고 살아왔다는 사실이다.

引用:『하마터면 열심히 살 뻔했다』より

(以下、わたしが意訳した文章です)

『今まで他人が指し示すものに、大きな疑問と反抗心を抱いて生きてきたが、だからといってそれらから完全に自由になった訳でもなかった。わたしはいつも他人の視線が気になり、他人から見ていい人生を送ろうと努力してきた。上手くいかなかったが…。

本当は可能なら”人生マニュアル”に合わせて生きたかった。しかしそれは容易いことではない。

わたしがこの年齢になって本当に恥ずかしがらなければいけないことは、自身の年齢にふさわしいものを所有できないことではなく、自分だけの価値や方向性を持たないまま生きてきた事実だ。』

 

幸せな人生の王道コースである学歴主義・終身雇用や結婚などが密かに崩壊しつつある今の時代、もはや”我慢”を美徳とするのは危険だと筆者は言っています。

日本においても韓国においても、周りの目を基準に自分の人生を選択する人が非常に多いですが、それではいつまでたっても自分の人生を生きられないですし、常に周りと自分の人生を比較するようになってしまいます。

他人と自分を比較することこそが、確実に不幸になれる一番の方法だとよく言われていますが、まさにそうで、自分の価値や方向性を信じられないのがこれからの時代、一番リスキーなことなんだと思います。

大多数が選ぶ道からはずれると、もちろん失敗や挫折のリスクが高まりますが、失敗することや挫折することは人生において必ずしもマイナスではないですよね。

むしろ失敗しまくっている人の方が人として深みが出るし、他人から見ても魅力的に見えるものです。

 

と偉そうに言っているわたし自身、”他人の目”からなかなか解放されていませんが、昔よりは良い意味で他の人の人生に興味が無くなってきたので、人は人、自分は自分と割り切れるようになってきました。ま、まだ修行が必要ですが…。

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やめる・諦める勇気

나는 ”절대 포기하지 마라”라는 말을 싫어한다. 목숨 빼곤 다 포기해도 좋다고 생각한다. 쉽게 포기하며 살라는 이야기가 아니다. 원하는 목표가 있으면 노력도 하고,최선을 다해봐야 한다. 그렇게 두세 번 도전했는데도 안 되면 과감히 포기하는 게 맞다.

세상에는 많은 길이 있다. 어떤 길을 고집한다는 것은 나머지 길들을 포기하고 있다는 이야기와 같다.

引用:『하마터면 열심히 살 뻔했다』より

(以下、わたしが意訳した文章です)

『わたしは、絶対にあきらめるなという言葉が嫌いだ。命以外は全てあきらめてもいいと思っている。簡単にあきらめながら生きろという話ではない。望む目標があれば努力もして最善も尽くすべきだ。そして2、3回挑戦してダメだったら果敢にあきらめるべきだ。世界にはたくさんの道がある。ある道だけに執着することは、その他の道をあきらめているのと同じことだ。』

 

 ”勇気”といえば、挑戦する勇気、リスクを負う勇気といったことを連想してしまいますが、実は”何かをやめる、あきらめる”というのが一番エネルギーのいる行為だったりします。

やめることに対する勇気というのは、韓国社会においても日本社会においてもあまりいい風には語られていなくて、幼い頃から”やめる=恥ずかしいこと、ださいこと”という悪いイメージを植えつけられているような気がします。

だから受験や就活に失敗したことで、自分の人生全てが失敗したと考えてしまう人が多いのだと思うし、私自身も学生時代は世間の正解と自分を答え合わせをするような日々を送っていました。

今あの頃を振り返って思うのは、「あきらめるな!」は一種の洗脳だったということ。

ここ数年は、会社員になることも諦め、嫌なことを我慢するのもやめ、自分に甘い生活を送っていますが、わたしの生活は悪くなるどころかむしろどんどん良くなってきています。

周りの人を見ても、嫌なことをがむしゃらにこなしている人より、さっさと自分に合わない場所や仕事から逃げてストレスフリーで過ごしている人のほうが幸せそうです。

 

もちろん自分が「これだ!」と思うことに対しては、ある程度頑張ってみる必要があると思いますが、「嫌なことを我慢してやるのがかっこいい!」というのは本当に歪んだ思想だと思います。

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試してみる権利

꿈이 있다는 건 분명 설레는 일이다. 하지만 꿈을 향해 간다는 건 혹독한 고통의 길이기도 한다. 그 고통을 다 참아 내고 끝까지 가면 꿈을 이룰 수 있다고 말해주고 싶지만 사실은 그렇지 않다.

 하지만 한번 시도해보는 걸 권하고 싶다. 해보지도 않고 포기하기엔 마음에 오래 남을 것 같다. 우리에겐 시도해볼 권리가 있다. 비록 그것이 이루어지지 않는 사랑이라고 해도 말이다. 꼭 이뤄져야만 의미 있는 사랑은 아니니까.

引用:『하마터면 열심히 살 뻔했다』より

 (以下、わたしが意訳した文章です)

夢があるということは間違いなく胸が高鳴るものだ。しかし、夢に向かって進むことは残酷な苦痛の道でもある。その苦痛を全て耐え抜き、最後まで行けば夢が叶うと言ってあげたいところだが、本当はそうではない。(中略)しかし一度トライしてみることをおすすめしたい。トライせずに諦めると、長く心に残ってしまいそうだ。わたしたちにはトライしてみる権利がある。たとえそれが叶わない愛だったとしてもだ。必ず叶ってこそ意味のある愛という訳ではないから。

 

「○○がしたいのに、この年になってやるのはちょっと…」「○○がしたいけど、お金にならないしなー」「親や友人にバカにされそうだから」などなど、したいことを我慢してしまう人って結構多いですよね。

ま、わたしもあれこれ理由をつけて、頭の中だけで想像して終わり!なんてことをしてしまうんですが、すぐに損得勘定をしてしまう自分がたまに恥ずかしくなってしまいます。

韓国人だけでなく日本人も、「何かに挑戦するからには、それなりの成果を出さなければいけない!」「意味のない挑戦はしたくない!」「失敗してはいけない!」なんてすぐ大真面目に考えてしまうんですが、もっとトライすることへの心のハードルを下げてもいいかもしれないですね。

挑戦してダメだったことへの後悔よりも、何もアクションしなかったことへの後悔が一番心に残るなんてよく言われていますし、お年寄りになってから後悔しないためには、とりあえずしたいことはすぐにやる!”これに限ると思います。(わたしも心がけたいです。)

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上手くいかないほうが正常

"아, 내 마음대로 되는 게 하나도 없네"

우리는 늘 원하는 대로 되지 않아 괴로워한다. 노력을 안 했으면 모를까 나름 열심히 노력도 했건만 원하는 대로 되지 않아 더 괴롭다. 그런데 가만 생각해보면 원하는 대로 되지 않는 게 정상이다.

引用:『하마터면 열심히 살 뻔했다』より

 (以下、わたしが意訳した文章です)

”あー、思い通りにいくことがひとつもないなー。”

わたしたちはいつも望む通りにならず苦しむ。努力をしなかったらのなら納得できるが、自分なりに懸命に努力もしたのに、望むようにならないからもっと苦しいのだ。しかしよく考えてみると、望むようにならないほうが正常なのだ。

 

努力すればできる。できないのは努力が足りないからだ。”という言葉をよく耳にしますが、この言葉ってかなり危険だなーと日頃から思っていまして。

というのも、世の中って元々不公平なものだし、やることのほとんどがうまくいかないなんてこともザラにあるんですよね。

筆者の言う通り、上手くいかないことのほうが正常なのかもしれません。(こういう夢のないことを言うと誰かに叱られそうですが)

 

みんな”努力すれば叶う!””自分がダメなのは努力してないからだ”と妄信しがちですが、実はそれも一種の洗脳であって、”自分がいくら努力してもうまくいかないことだってあるんだ”というのを前提に生きるほうが、頑なになりづらいし、他の道への可能性も広がると思います。

運命論的な話はあんまり好きじゃないですが「ま、ダメでもいっか」と諦めた瞬間、物事がうまくいくなんてこともあるので、肩の力を抜いて常に多くの可能性を視野に入れておくのが、ゆるく生きるための秘訣なのかもしれません。

 

失敗した人生などない

기대에 못 미치는 지금의 내 모습도 꽤 괜찮다고 생각하며 살아야 한다. 꿈을 이뤄야만 행복한 삶을 살 수 있다는 건 착각이다.

꿈이 이룬다면 정말 좋겠지만 이루지 못해도 그만이다. ”에이 아쉽다” 정도로 훌훌 털고 지금 주어진 삶에서 행복을 찾아 누리기에도 짧은 생이다. 꿈꾸던 대로 되지 못했다고 실패한 인생은 아니다. 실패한 인생이란 없다.

引用:『하마터면 열심히 살 뻔했다』より

 (以下、わたしが意訳した文章です)

期待するレベルに及んでいない今の自分の姿も、なかなか良いと思いながら生きなければいけない。夢を叶えてこそ幸せな人生を送れるというのは錯覚だ。(中略)夢が叶うのならそれが一番だが、叶わなくても十分だ。”はぁ、残念だな。”くらいで全部忘れ、いまの暮らしの中の幸せを探し楽しむのに、人生はとても短いものだ。夢の通りにならなかったといって失敗した人生ではない。失敗した人生などないのだ。

 

夢の通りにならなかったといって失敗した人生ではない。失敗した人生などないのだ。

これほんと、大人が子どもたちに言うべきフレーズNO1だと思います。

 

受験に失敗したら人生も失敗するだの、就活に失敗したら一生苦労するだの、ほんとそういうことを言う大人がたくさんいて、嫌になってしまいます。

そもそもそういった大人達が言っている”成功”というのは、高度経済成長期のモデルコースを指しているのであって、個人個人の人生観や価値観を完全に無視したものなんですよね。

人によって人生において大切なことも、したいことも全く違うので、そもそも人生に成功とか失敗なんてありません。

誰かが自分の人生にあれこれ口出ししてきたら「それよりも自分の人生の心配をしたら?」と華麗にかわしたいものです。

 

一生懸命=我慢すること?

”열심히 하겠습니다.”

우리는 이 말을 입에 달고 산다. 그런데 이 '열심히'라는 말에는 싫은 걸 참고 해낸다는 뜻이 내포되어 있다. 즐겁지가 않다.

그래서 열심히 살면 힘들다. 그건 견디는 삶이니까.

引用:『하마터면 열심히 살 뻔했다』より

(以下、わたしが意訳した文章です) 

”一生懸命頑張ります。” わたしたちはこの言葉をしょっちゅう口にする。しかしこの”一生懸命”という言葉には嫌なことを我慢しやり抜くという意味が含まれている。全然面白くない。だから一生懸命生きると大変だ。それは耐える人生だから。

 

 「これだからゆとり世代は…」なんて言われちゃいそうですが、わたしは”一生懸命頑張る”という言葉があまり好きじゃないです。

好きなことに対するものならいいんですが、嫌なことに対して”一生懸命頑張ります”はどう考えても苦痛でしかないです。

「そんなに社会は甘くないぞ」という言葉が聞こえてきますが、こちらから冷静に見ていると、”自分の人生を楽しくて幸せなものにする責任”を放棄しているように見えるんですよね。

やむを得ない事情で、短期的にそういったことをしなければならないときもありますが、何十年と愚痴を言いながら嫌なことをしている人を見ると、かっこよくないなーと思ってしまいます。

耐えるのが好きでたまらない人は除きますが、わたしは全ての人に毎日を楽しく幸せに生きる権利があると思います。

常識とか周りの目とかのせいで、その権利を手放すのは本当に残念なことです。 

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★★★

 ということで今回は、韓国で話題の『하마터면 열심히 살 뻔했다(あやうく一生懸命生きるところだった)』の紹介と、印象に残った言葉から考えたことを書いてみました。

ちなみに日本語の部分はわたしが意訳したものなので、もしかしたら間違っている部分もあるかもしれません。ご了承ください…。

 

韓国語で書かれている本なので人によっては少々難しく感じられるかもしれませんが、心にグッとくるエッセイなので機会があれば韓国の書店で手に取ってみて下さいね!

またYahooショッピングやアマゾンでも購入できるとのことなので、韓国に行く予定がない方は、こちらから購入するのもありです!

 

    ・競争社会に疲れた人
    ・常識に縛られて辛い人
    ・好きなことをしながら生きたい人
    ・嫌なことでも頑張りすぎてしまう人
    ・失敗して落ち込んでいる人

におすすめですよー!

ではっ。

 

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