Koguma

自由に生きたい韓国マニアのゆったり生活

韓国エッセイ『今日はこれでちょっと休みます』は、1日の終わりに布団の中で読みたいエッセイです。

 

こんにちは、 そみ(@somi_koguma) です。

 

最近Twitterにも書いたことなんですが、私は毎日3冊くらいの本を並行読みしておりまして。

 

最近の好きなジャンルは社会問題系やフェミニズム系なのですが、仕事で脳や心が疲れているときは正直「今の状態じゃまともに読めないな」と思う時もあります。

しかし、軽度の活字中毒なので本は毎日読みたい......ということで、そんなときは心がホッとする癒しエッセイや、人生を幸せにする知恵がつまった本を読むようにしています。

 

先日読み終わった<韓国語 エッセイ 今日はこれでちょっと休みます >という本も、生活の中でついつい忘れてしまいそうなことに気づかせてくれる癒しエッセイでして。

韓国でわりとヒットしていたエッセイなので、もしかしたらすでに読んだ方もおられるかもしれませんね。

 

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今回は

    ・忙しい毎日を送っていて、心も体もくたくた
    ・人間関係に悩みがある
    ・気軽に読める韓国エッセイを探している

 

といった方におすすめの本、<韓国語 エッセイ 今日はこれでちょっと休みます >を紹介し、いつものように印象に残った文章を共有したいなと思います。

 

※今回紹介する本は韓国語で書かれた本です。

 

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今日はこれでちょっと休みます(오늘은 이만 좀 쉴게요)

 

この本は現代人が抱え込みがちな人間関係や自尊心、愛といった多様な悩みへのアドバイスが書かれているエッセイです。

温かみがありながらも淡々とした雰囲気をまとった筆者のアドバイスは、ただの理想論ではなく、より現実的ですぐにでも日々の生活に応用できるものばかり。

各節も長くて3ページなので、ずらりと続く長文が苦手な方や、毎日少しずつ読み進めたい方にもおすすめできる印象でした。

 

 

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誰かのアドバイスは、問題を一瞬で解決してくれる魔法の杖のような存在ではありませんが、苦しくてたまらないときに新たな視点や選択肢を与えてくれるもの。

心が辛くてたまらないとき、どうしようもないとき、<韓国語 エッセイ 今日はこれでちょっと休みます >は、目の前の問題を客観的に見つめられる機会を与えてくれる1冊だなと思いました。

 

1日の終わりに布団にくるまって読みたくなる。

そんなエッセイでした。

 

共感能力はどこの線まで発揮しなければいけないのだろうか

 

공감 능력이 결여된 만큼이나 주변 사람을 불편하게 만드는 일은 없다. 그렇지만 공감되지 않는 상황에서 공감을 바란다면 그것대로 난감하다.

 

억지로 공감하는 것도 감정 낭비가 꽤 심하다. 마음에 여유가 없다면 적당히 맞장구치고, 물 흐리듯 자연스레 화제 전환을 하면 된다.

引用 p34-35

以下、私が意訳したものです。

 

(共感能力の欠如ほど、周りの人の心を乱すものはない。だが、共感できない状況で共感を望まれるのも、それはそれで困ってしまう。

無理やり共感するのも、感情が激しく消耗するものだ。心に余裕がないのなら、適度に相槌を打って、水が流れるように自然に話題を変えよう。)

 

ーーーーー

誰かに共感してもらえると嬉しいですし、共感しあえる相手を見つけたらこの人は100%私の味方だ!って思いがち。

でもそれが極端になって、共感してくれれば仲間、共感しなければ敵といった構図をたびたび目にします。

 

相手が話していることすべてに「わかるー!」と言っている人をたまにみかけますが、果たして共感の言葉を発している人は本当に共感しているのかな?と思うことがあります。

 

本当は大して共感できていないのかもしれないし、敵対視されたくないがための共感なのかもしれないなと。

 

共感の時代だと言われて久しいですが、心のエネルギーが少なめな私は無理に共感していて疲れることも多々ありまして。

 

 

いくら仲の良い友人でも家族でも、決して共感できないことがあるわけで、本心と表の差に苦しむくらいなら、安易に「わかるー」という言葉は使わないほうがいいんじゃないかと思うことも増えてきました。

 

ただ話を聞いているだけなんて冷たいと思われるかもしれないけど、安易に共感して相手を騙すよりはましなんじゃないかなと。

お互い絶対共感しなくちゃいけないほうが、異常な関係だと思うし、時には「そうなんだ。」と共感の言葉を入れずに話を流すことも自分にとっても相手にとってもいいことなのかもしれません。

 

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わたしのことが嫌いな人に接する姿勢

 

모든 사람을 사랑할 수 없듯이, 모든 사람으로부터 사랑받을 수 있을 거라는 생각은 버려야 한다.

그러니 나를 잃어버리면서까지 그들에게 모든 신경을 쏟을 필요가 없는 것이다. 

이제는 120시대라고 하는데, 내 소중한 이들에게 집중하기에도 에너지가 모자라지 않는가.

引用 p39 

 

以下、私が意訳したものです。

 (あなたがすべての人を愛せないように、あなたもすべての人から愛されるだろうという考えは捨てなければいけない。だから、自身を見失ってまで、彼らにすべての神経を集中させる必要がないということだ。今は人生120年時代と言われているが、自分の大切な人達に神経を集中させるだけでも、エナジーが足りないではないか。)

 

ーーーーー

 

できるものならみんなから愛されたいし、悪口なんか絶対言われたくないですよね。

 

私も普段、誰にも害を与えることなく生きているつもりでも、集団に入るとひとりは私のことを嫌う人がいて、「何もしてないのに...」と悔しくなることがあります。

誰かに嫌われるというのは何度経験しても辛いですし、ひどいときは数年に渡ってその記憶に苦しめられることがあります。

 

10代の頃は”周りからの評価=自分の価値”だったので嫌われることを異常に恐れていたのですが、最近はいい意味で少し図太くなってきて、嫌われないほうがおかしいんだと思えることが増えてきました。

それに、ただでさえ愛する人達に集中する時間もエナジーが足りないというのに、わざわざ嫌な人にエナジーを使っている場合じゃないなと思うことも。

 

嫌いな人のことはできるだけ口にも出さない。できるだけ考えない。もし顔や言動が思い浮かんでしまったら、頭の中で「鬼は外!!!」とその人を追い出すようなイメージを描く。

これを意識的に行うようにしてからは、体の中に嫌な人を取り込むことが少なくなってきました。

 

せっかくの休みなのに、せっかくの愛する人たちとの時間なのに、嫌な人に頭を支配されるのは悔しいですよね。

だから嫌な人よりも良い人に、嫌なことよりも良いことに心のエナジーを使う訓練が必要だと思います。

これがけっこう難しいんですが、訓練を何度も重ねると、嫌いな人のことを考えるのがいかに無駄な時間かがわかってきます。

私も現在、訓練中です。

 

心の筋肉を鍛えても

 

신체능력이 발달하였다고 해서 운동이 힘들지 않을 수 없는 것처럼 , 내 여린 마음이 예전보다는 덜 상처받는 것일 뿐이다.이성적이고, 강한 사람도 상처받는다.애초에 상초받지 않겠다는 각오보다는 상처를 극복하는 시간을 줄여나가는 노력을 하는 편이 현명하다.

引用 p103

以下、私が意訳したものです。

(身体能力が高くなっても運動が楽にならないように、心も強くなったのではなく以前より傷つきにくくなっただけだ。理性的で強い人も傷つく。そもそも傷つかないぞという覚悟よりも、傷を克服する時間を短くしようとするほうが賢明なのだ。)

 

ーーーーー

「心を強くする方法」とか「気にしすぎるをやめる方法」とか、本屋には人間関係の悩みを解決してくれそうな本が並んでいますが、そういった本を読んで一瞬は強くなれた気がしても結局は”やっぱ傷ついちゃう自分”のままだったりするんですよね。

 

だから、筆者の言う「傷つかないぞという覚悟よりも、傷を克服する時間を短くしようとするほうが賢明。」という言葉には思わずうなづいちゃました。

 

私も昔より少しは図太くなったといっても、心が強くなった、傷つかなくなったというのは大嘘。

 

心が辛くなる→本を読んで少し回復→また辛くなる→本を読んで少し回復。

この永遠ループです。

 

ただ、回復スピードは年々早くなってきていて、傷が重症化することも減ってきました。

 

傷つかないぞ!と思うより、傷ついてもちゃんとケアするぞ!と思うほうが賢明。

これはあらゆる人間関係で応用できる自己防衛のひとつですね。

 

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悪いけど、今日はこれでちょっと休みます。

 

나는 한국의 사회에서 ' 휴식 '을 취할 때, 혹은 쉰다고 말할 때 괜한 선입견을 품고 바라보지 않았으면 하는 바람이 있다. ' 끊임없이 움직여야 성실한 사람' 이라는 생각 , '멈추면 현실에 안주하고 있는 사람'이라는 인식들 말이다.

 

"미안하지만, 오늘은 이만 좀 쉴게요."

언젠가는 우리 문화에서도 이 말을 자연스럽게 말할 수 있고, 어떤 판단도 하지 않는 우리가 되기를 간곡히 기다려본다.

引用 p241 

 以下、私が意訳したものです。

(韓国社会で”休息”をとるとき、または休むと言うとき、余計な先入観をもって見つめないでほしいと思っている。

”絶え間なく動き続けてこそ誠実な人”という考え、”立ち止まったら現実に満足してとどまっている人”といった認識などだ。

 

”悪いけど、今日はこれでちょっと休みます。”

いつか韓国の文化でも、この言葉を自然に出すことができ、それに対してどんな判断も下すことがない私たちになれることを切に願う。)

 

ーーーーー

 

以前、中国の方に日本語を教えていたとき、ある教材の中に”会社で休暇をもらったときのお礼の言い方”という学習項目がありまして。

そこに「この度はお忙しい中、お休みをいただきありがとうございました。」と同僚や上司に言う場面がでてきたんですよね。

さらに休みをもらうときは、少し申し訳なさそうにしたほうがいいというアドバイスも書かれていました。

それを読んだ中国の学生さんが、「日頃ちゃんと働いているのなら、休むのは当然のことじゃないんですか?大迷惑をかけたわけでもないのに、ここまで言わないといけないんですか?」と。

めちゃくちゃ正論を言われ、その通りなんだけどね.....とやんわり日本の企業文化のことを話した記憶があります。

 

さすがに「休みます。文句ある?」みたいな態度はまずいと思いますが、日本の態度は異常なまでに謙遜×100で、疑問に思うことが多々あります。

休む=罪 みたいな勢いです。

 

日本や韓国では休むことへのハードルが他の国よりも高くて、自分がなかなか休めない→他の人が休むのが許せない→自分ももっと休みづらくなる。

この負のループがぐるぐる続いているように思えてなりません。

 

私も頻繁に旅行をしているのですが、フリーランスとはいえ、契約している会社に旅行で休むと言い出すのは毎回気を使います。

 

ただ私の経験上、”あの人はまったく休まない”と思われているより、”たまにポンっと休む人”と思われているほうが向こうも慣れてくれるし、休んだときも「はい、いつものね」みたいな感じで対応してくれる可能性が高まります。

 

日本人は周りの人がすることを様子見して安全だと思ったら動く、みたいな傾向があるので、休みたいのならまず自分が自分が率先して休める空気を作ることも一つの手なのかもしれません。

 

個人の力だけではどうにもならないこともありますが、少しずつ少しずつ環境を変えていけるよう、周りの人を巻き込んでみるのもありかなと。

 

 

★★★

ということで今回は韓国語 エッセイ 今日はこれでちょっと休みます の紹介でした。

なんだか本の紹介よりも私の感想とか考えばかり書いてしまって、何の記事かわからなくなってしまいましたね笑

 

 

    ・忙しい毎日を送っていて、心も体もくたくた
    ・人間関係に悩みがある
    ・気軽に読める韓国エッセイを探している

 

という方は、是非とも読んでみてください。

皆さんの日々の暮らしにホッとする時間を与えてくれる1冊だと思いますよ。

 

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