韓国エッセイ『適度に近い関係-さみしくも疲れもしない、あなたと私の距離』を読んでみました。

 

 

こんにちは。そみ(@somi_koguma) です。 

今日は今月読んだ韓国エッセイのレビューを少し。

 

韓国はもちろんのこと日本でも大人気のエッセイ『怠けてるのではなく、充電中です。』の著者、ダンシングスネイルさんの新作エッセイがこの夏に刊行されまして。

 

それが今回紹介する『適度に近い関係 - さみしくも疲れもしない、あなたと私の距離』 

なんですが、人間関係に悩んでいる人のため(どちらかといえば内向的な人向け)の内容で、人付き合いが苦手な方な私にとって響く1冊でした。

 

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前作『怠けてるのではなく、充電中です。』と少し似ている話もありましたが、今回のエッセイのほうがもう少し人間関係中心の話でして。

 

    ・人間関係で疲れを感じやすい
    ・一人は好きだけど、寂しいのは嫌だ
    ・人に振り回されている気がする

 

といったことで悩んでいる人におすすめしたいエッセイでした。

 

★12/24 邦訳版も発売されました。

 

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 적당히 가까운 사이 (適度に近い関係)

 

  적당히 가까운 사이 適度に近い関係 - さみしくも疲れもしない、あなたと私の距離』はタイトル通り、人間関係において大切なのは適度な距離感ですよ~ってことが書かれた、人間関係で悩む方への処方箋のような1冊。

可愛らしいイラストと、著者の経験に基づいた現実味のあるアドバイスに、頑なになった心がゆるりと柔らかくなります。

 

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このエッセイは全3部からなっており、1部の『너무 가깝지도 멀지도 않게 (近すぎず、遠すぎず)』は、人とのちょうどいい距離感について。

2部の『모두와 잘 지내지 않아도 괜찮아(みんなと仲良くしなくても大丈夫)』は人間関係で感じる小さな葛藤や寂しさの対処法について書かれています。

 

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そして3部の『사람에게는 늘 사람이 필요해(人にはいつも人が必要) 』は、人は常に人間関係で悩むけれど、それでも完全に一人では生きていけないことについて。

自分らしさを保ちながらも、人から学び、自身の中の世界を広げていく必要性について書かれていました。


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人間関係は、生きている限りずっとついて回る悩みでもありますし、経験を積んだからといって答えが見つかるわけでもない。

何歳になっても人によって傷つき、人によって救われるもの。

 

だからその都度、その関係の中で最善の方法を探していく必要があるのですが、このエッセイは答えとまではいかなくても、盲点となっている部分に気づかせてくれる内容となっていました。

読みながら、過去に仲良くしていたけど疎遠になった人、互いの未熟さがゆえに良い関係が築けなかった人、今も付き合いが続いている人などなど、いろんな人の顔が思い浮かびました。

 

イラスト多めで、韓国エッセイ初心者にもおすすめ!

 

ダンシングスネイルさんのエッセイはいつもイラストが多くて、ひとつの章の文章も比較的短めなものが多い印象。

今回のエッセイも、文章と文章の間にたくさんイラストが載っていたので、長文の韓国語を読むのがまだ苦手な方や、気楽に読書を楽しみたい方におすすめできる1冊だと思います。

 

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かといって、使用されている韓国語のレベルが低いというわけではなく、中上級くらいの語彙力は必要なのでご注意を!

 

ではここからは印象深かった部分をいくつかピックアップしていきたいと思います。 

 

好きな人だけにエナジーを使う

 

우리는 모두에게 좋은 사람이 될 필요가 없을 뿐만 아니라 모두와 잘 지내지도 않아도 된다.(생계 유지를 위한 최소한의 비즈니스 관계는 제외한다). 싫은 사람은 마음속으로 조용히 싫어하며 서서히 멀어져도 괜찮다. 

(中略)

​ 돌이켜 보면 그간 학교와 사회에서 만난 사람들 중 내 쪽에서 너무 애쓰며 관계를 유지해 온 사람일수록 지금은 거의 멀어졌거나 잊혔다. 지나치게 포장해야만 유지되는 관계라면 시간이 지남에 따라 자연스레 정리되기 마련이다.

引用:『적당히 가까운 사이 』댄싱스네일 p152

  以下、私が意訳した文です。

(私たちはすべての人にとって良い人になる必要もないし、すべての人と仲良くしなければいけないわけでもない(ただし生計のための最低限のビジネス関係は除く)嫌な人は心の中で静かに嫌って、徐々に距離を置いてもいいのだ。)

 

(今までを振り返ってみると、学校や社会で出会った人達の中で、私が頑張って関係を維持してきた相手であるほど、今は疎遠になったり忘れたりしている。自分を過剰によく見せないと維持できない関係は、時間が経つにつれて、自然に整理されるものなのだ。)

 

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나의 소중한 에너지를 누군가를 싫어하는 일에 쏟기보다는 되도록 좋아하는 사람을 위해 아껴 두는 편이 더 낫지 않을까. 그러니 다시 안 볼 사람에게는 비난의 마음을 잠시 접어 두자.

引用:『적당히 가까운 사이 』댄싱스네일 p54

  以下、私が意訳した文です。

 (私の大切なエナジーを誰かを嫌うことに使うより、できるだけ好きな人のために大切に置いておくほうがいいんじゃないだろうか。だから、二度と会わない人には非難の心を少しひっこめておこう。)

 

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人間関係ミニマリスト

 

의미없고 형식적인 관계를 더 이상은 애써 유지하고 싶지 않다.'사람 일은 어떻게 될지 모르니까 ' '언젠가 나도 도움이 필요할지 모르니까' 같은 이유들로 묶여 있는 그런 관계의 무게를 덜어 내기로 했다. 중요한 건 바로 지금 내 옆에 있는 사람들이란 걸 알았으니까.

引用:『적당히 가까운 사이 』댄싱스네일 p244

  以下、私が意訳した文です。

 (意味もなく、形式的な関係をこれ以上頑張って維持したくない。”一寸先は闇だ”、”いつか役に立つかもしれないから”といった理由で縛られている関係の負担を減らすことにした。今、私の側にいてくれる人が重要だとわかったから。)

 

한정된 시간과 에너지 안에서 나 한 사람이 감당할 수 있는 친밀한 관계의 총량은 제한적일 수밖에 없다.우리는 그저 생애 주기에 따른 관계의 변화를 받아들이려고 애쓰는 한편, 지금 내 옆에 있는 사람들에게 진심 어린 애정을 쏟을 수 있을 뿐이다.

引用:『적당히 가까운 사이 』댄싱스네일 p245-246 

  以下、私が意訳した文です。

 (限られた時間とエナジーの中で、私一人が耐えられる親密な関係の総量には限界がある。)

 

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すべての人に好かれなくていい。好きな人のためにエネルギーを使う。

これは何度も心にとどめておきたい言葉。

自己肯定感が低い人は、嫌な相手や自分に害となる相手にまで何とか好かれようと頑張ってしまう癖があって、気づけば心がズタボロなんてことも多くてですね。

自分がめちゃくちゃ頑張らなきゃ維持できない関係っていうのは、そもそも健康的な関係ではないし、誰かに会った後にひどい疲れを感じるのなら、長続きしない関係なのかも。

私も昔は必死で周りの人に合わせよう、好かれようとしていたんですが、歳を重ねるにつれ面倒になってきて(笑)

飾らない姿のままでも、側にいてくれる人はずっといてくれるし、頑張って良い顔していても離れる人は離れていくし。

相手に好かれようと必死になってもならなくても、あまり結果は変わらないのかなあと思うようになってきました。

 

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関係を幸せのための道具だと思わないこと

 

타인의 존재는 그 자체로는 행복의 절대적 열쇠가 될 수 없다. 좋은 가족 , 좋은 애인, 좋은 친구는 그걸 도울 뿐. 사람은 자기가 행복하기로 마음먹은 만큼만 행복해질 수 있다.

引用:『적당히 가까운 사이 』댄싱스네일 p226-227

  以下、私が意訳した文です。

(他人の存在はそれだけで幸福の絶対的な鍵となるわけではない。良い家族、恋人、友人はそれをサポートするだけ。人は自身が幸せになろうと決心した分だけ幸せになれるのだ。)

 

누군가와 함께한다는 건 분명 심리적인 안정감을 주는 일이다. 하지만 그게 반드시 개인의 마음속 깊게 자리한 결핍까지 채워 줄 거라고 기대하기는 어렵다.

引用:『적당히 가까운 사이 』댄싱스네일 p229 

  以下、私が意訳した文です。

(誰かと一緒にいるということは、間違いなく心理的な安定感をもたらしてくれる。だが、それが必ず個人の心の奥深くにある欠乏までも満たしてくれるわけではない。)

 

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適度な距離をもって、人を愛する

 

누군가의 사랑스러운 가족이 누군가에겐 시월드가 되고 누군가의 똥차가 누군가에겐 '벤츠'가 된다. 어른이 된다는 건 타인의 입체적인 모습을 발견하고 수용해 나가는 일.

引用:『적당히 가까운 사이 』댄싱스네일 p86-88

  以下、私が意訳した文です。

 (誰かの愛らしい家族は、誰かにとってシーワールド(夫の実家の家族)であり、誰かのおんぼろ車は誰かにとってのベンツなのだ。大人になるということは、他人の立体的な姿を発見し、それを受け入れていくことだ。)

 

우리는 모두 자신만의 우주를 가지고 있고 그 안에는 각자의 취향, 가치관, 성격, 외양, 습관 등의 여러 행성이 부유한다. 그래서 나의 세계와 타인의 세계가 만날 때는 반드시 크고 작은 충돌이 일어난다. 분명 고통스러운 과정이다. 하지만 덕분에 타인과의 교류를 통해 혼자라면 하지 못했을 새로운 경험을 하고,교집합을 발견하며 공감하고 , 서로 다른 점을 수용해 나갈 수 있다. 그리고 딱 그 깊이 만큼 나의 감정과 생각의 지평이 넓어진다.

引用:『적당히 가까운 사이 』댄싱스네일 p251

 以下、私が意訳した文です。 

(私たちにはそれぞれ自分だけの宇宙が存在していて、その中には各自の好み、価値観、性格、外見、習慣などのいくつかの惑星が浮遊している。だから、私の世界と他者の世界が出会ったときは、必ず様々な衝突が起きる。それはきっと苦痛を伴う過程になるだろう。しかしそのおかげで、他人との交流を通して一人ではできなかった新しい経験をし、共通点を発見し、共感し、互いの違いを受け入れていくことができる。そしてその深さの分だけ、自身の感情と思考の地平が広がるのだ。) 

 

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大人になるということは、他人の立体的な姿を発見し、それを受け入れていくことだ。

これは10代の頃の自分にはなかった考え方だなあ。

自分が嫌いな人は、ただ嫌いな人で終わっていたし、その人の背景や周りとの関係性まで想像が及ばなかったというか。一面だけで判断していることが多かったですね。

でも少し大人になって、自分にとっては最悪の人でも、他の人にとってはかけがえのない存在なんだってことに気づいてからは、さっさと距離は置くけど、その人についてあれこれ愚痴を言ったり、ずっと嫌な人のことを考えたりすることはかなり減ったなあと。

「ま、単に合わなかっただけかな」と私のせいでも相手のせいでもないことにするようになってからは、うまくいかない人付き合いに苦しむことが若干減りましたね。

 

私が好きな韓国語は「그럴 수도 있지(そういうこともある)」なんですが、人間関係って本当に正解がないので、常にこの言葉を唱えるようにしています。

もちろん無礼な人に会ったときは違う対応をしますが...

 

今まで幾度も人間関係に疲れ、孤独を極め、また人と関わり....を繰り返してきたけど、振り返ってみると、新しい経験や新しい考えが人生に入り込んできた瞬間って、やっぱ誰かと一緒にいるときだったなあと思います。

これからも些細なことで傷つき、また、私も誰かを傷つけることがあるかもしれないけど、その都度、このエッセイに書かれていたアドバイスを参考に、いい距離感を探っていきたいなと思います。

 

 

 ★★★

ということで今回はダンシングスネイルさんの新作エッセイ『適度に近い関係 - さみしくも疲れもしない、あなたと私の距離』 の韓国版の紹介でした~!

 

ちなみに意訳文は素人の私が書いたものなので、間違ってる部分や不自然な部分があるかもしれません。正しい訳は邦訳版で確認なさってくださいね。

 

    ・人間関係で疲れを感じやすい
    ・読みやすい韓国エッセイを探している
    ・ダンシングスネイルさんのファン

といった方は是非読んでみてください!

 

ではっ 。今年最後の記事でした!

皆さま良いお年をお迎えください。

 

原書▼ 

邦訳版▼

 

 

ちなみにダンシングスネイルさんの前作、『怠けてるのではなく、充電中です。 昨日も今日も無気力なあなたのための心の充電法 』をまだお読みでない方は、是非こちらも合わせて読んでみてください!

 

 

 

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