2022 秋 日常 視線

 

こんにちは、そみです。

 

久々に書くブログはとてもぎこちない。

さて書くかーとパソコンの前に座ったもののなかなか筆が進まず、書いては消しての繰り返し。

書きたいことは山ほどあるけど、ブログとSNSを始めた当初よりもオープンな場所に何かを綴ることへのハードルが日増しに高くなっている。最近Twitterを開く頻度が減ったのもそのせいかもしれない。

ツイートする前にタイムラインの潮目のようなものを意識してしまう自分にちょっと嫌気が差し、ツイート直前に保留にすることも増えた。下書きだけが溜まる一方。

以前もブログに書いたようにたった140字前後で画面の向こうの人間が敵か味方か白黒はっきりさせようとする風潮に辟易したり、何か事件が起きたら言及しなきゃいけない、そんなときにのほほんツイートをしてはいけないみたいな圧力から少し距離を置きたくて、最近は応援してる方達のツイートだけちらっと確認して、いいねを押して閉じている。

Twitterによってつながれた縁、恩恵などを考えたらなかなかやめる決断ができないけど、消したら消したで気持ちが随分軽くなりそうではある。

また楽しめる時期が来るかもしれないから、しばらくは無理のない形で続けようかなー。悩ましい。

 

でもやっぱブログが一番落ち着くね(いま666字のところまで書いて再確認)

 

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9月〜11月はよく遊んだ。そしてよく作りよく食べた。なにせ大好きな秋ですから。

お陰様でぽっちゃりしました。

ここからは食したものたち記録(いつものようにvlogとまるかぶりです)

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この秋毎週のように作った豆腐カンジョン。 vlogを見た友達が作ったよ報告をくれて嬉しかった。これからも美味しいものはどんどんシェアします。


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豆腐オートミールベーグル 

超簡単で何を挟んでも美味しいから、パン代わりによく食べてる。今のところ、カマンベールチーズ、チョコ、メープルシロップ、ハムなどがお気に入り。

来年はグルテンフリーレシピのレパートリーを増やしたい。

 

ちなみにオートミールは長年いろんなブランドのを試してきたのだけど、最近はここのに落ち着いてる。ブランドによっては胚芽特有のクセが強かったりするけど、ここのは風味もよくて食べやすい。

 


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ややシチューっぽくなってしまったスジェビ。本場の味に近づけるにはまだまだ練習が必要。望遠市場で食べたスジェビを再現できるまで諦めないぞ。

 

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農協スーパーでいちじくが安くなっていたから購入。チーズ、黒胡椒、アガベシロップと合わせるととろける美味しさ。もう飽きたってなるまで食べたい。

すでに有名な組み合わせなのかもしれませんが、いちじく好きの方は絶対試してみてください....!

 

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エリンギとうずら卵のチャンジョリム。白ごはんが消えます。このおかずのせいで太った可能性大。シシトウガラシ、じゃがいもなんかも合います。

 

豆花 台湾いきたい

 

五味子は日本で買うと高いからずっとカートにいれっぱなしだったのだけど、今回どうしても飲みたくて購入。冷凍保存して大切にちびちびと飲んでる。ゼリーにしたり、ソルギに混ぜたりしても美味しいのよね。

購入サイトものせておきます。五味子 Qoo10

 

 

夏に比べて仕事量が減ったおかげで(喜んでいいのかわからないけど)自由に使える時間が増えたし、何よりもうだるような暑さから解放され体調がすこぶる...とまではいえないけど、自分の中ではかなり良いほうだった。

 

フィットネスアプリで本格的に運動記録も始め、これが案外モチベーション維持につながってる。

しょぼい体力に合わせてゴールは低めに設定しているけど、いつもよりちょっとだけ時間を捻出したら達成できるっていうのがみそで、妙にやる気を刺激される。

 

 

ウォーキングはかれこれ7年ほど、縄跳びは2年前から、ダンスは1年前から始め、現在はこの3つを組み合わせながら無理なく継続できている。

あれほど運動嫌いだったのに、今となっては運動しないと体が鈍る、澱むといった不快感を感じるようになったのは驚き。運動なしの生活には戻れない域に達したのだなあと思うと感慨深い。

運動=辛い、恥ずかしいのイメージを払拭できたのは自分にとって大きい変化であるし、これからも競争や成果といった要素を抜き取ったものだけを自分のペースで楽しみたい。

 

運動習慣がだいぶ日常に溶け込んだとはいえ、肩こり(首こり)、自律神経の乱れによる息苦しさ、生理痛(鎮痛剤は脱出できた)は相変わらず。漢方やストレッチ、運動などあれこれ試すもののイマイチすっきりとしない。どうしたらいいものかと頭を抱える。

先月電車に乗ったとき、なんの前触れもなく脈が速くなり、視界が暗くなり、意識が飛びそうになって冷や汗をかいたことがある。誰かと乗っているときは大丈夫なのに、ひとりで、しかも人がどんどん乗り込んでくると鼓動が速くなる。この症状ってもしかしてあれでは、、、?と頭をよぎったけど、安易に決めつけるのもよくないなと深く考えないことにした。

電車内で数回冷や汗をかく経験をして以降、公共機関をひとりで利用することに抵抗を感じることが増え、ますます車の運転技術を高める必要性に迫られている。

普段はスーパー、公園、図書館など必要最低限の用事、慣れた公道しか走らないけれど、この秋は普段より遠くまで運転するように心がけた。

レンタカーを借り、ひとりで慣れない土地を旅して帰ってきた友達に刺激されたおかげでもある。

ただ、方向音痴のせいで慣れない道を走ったあとは汗だく。

こればかりは経験を積むしかないのだろうけど、こんなこと器用な人ならひょいひょいとできることなんだろうなと、自分の不器用さに腹が立つこともたびたび。あとは若い女性ってだけで嫌がらせされてるんだろうなーと思うこともたびたび。高齢男性率今のところ100%なの呆れて笑ってしまうが。

 

 

9月に新たな相棒となったカメラを持って、たくさん(インドア人間基準)外に出かけた。

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私は自然豊かなところでピクニックしたり、本を読んだり、コーヒー飲んだりすることに幸せを感じるタイプなのだなとつくづく思う。

若いのに田舎に住むのは勿体ない、田舎は保守的、機会損失だとよく言われていて、確かに頷ける部分もあるけれど、正直なところ私は都会があまり肌に合わないし、文化やファッションの最先端を常に追いたいタイプでもない。

オフラインの講演会やイベントに参加できる機会を逃すたびに残念な気持ちにはなるっちゃなるけれど、それ以外は概ね田舎での生活に満足している。

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(里芋の葉でトトロ遊び)


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夏の時点では韓国のワーホリに行く気満々だったけど、先日領事館のホームページを見たらそれまでなかった年齢制限がしれっと追加されていて、その改悪に腹も立ち、もういいですって気持ちになった。

もしかしたらまた以前の条件に戻るかもしれない....と気を揉むのも嫌だし、コロナでワーホリを延期していた人達のことを全く考慮していないのも誠意なさすぎだし....。

別に3ヶ月滞在して、また帰国してを繰り返せばいいだけの話なのだけど、ワーホリビザでないとできないこともあったから悔しさがないといえば嘘になる。

もちろん今でもワーホリに行けるものなら行きたいけど、たぶん無理だろうなーくらいでプランB、Cも考えておくつもり。

友達や愛するわんこラッキーと離れ離れにならなくてももいいし、今の仕事も続けられるし、こうなったからにはプラスに考えましょう。

 

家族の仕事を手伝う必要があったり、諸々の事情もあるから、よっぽどのことがない限りはしばらく今の場所で暮らすことになりそう。

 

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(印象派の画家の中でもダントツ好きなシダネル。久々の展覧会にかーなり舞い上がった)


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今年、仲良くしている韓国の友人が2人も結婚した。10月に結婚式に呼んでくれていたけど、案の定コロナで行けず。代わりにEMSでプレゼントを送った電話をしたりした。

私は恋愛もしないし婚姻制度を利用するつもりもないから、普段そういうトピックを自発的に話すことがないけど、身近な人の様子や本を通して、結婚、出産というのはどうやらその人(とりわけ女性)の興味関心、価値観を大きく変えてしまうビックイベントなのだろうなと思うことはよくある。というか、変わらざるをえないのだと思う。

だから結婚の知らせを聞いた時は、大切な友達2人もまたそうやって少しずつ疎遠になってしまうのだろうなと寂しい気持ちになったけど、先日友達とビデオ電話で話しているうちにそれはあまりにも自己中心的な決めつけだなと思った。

境遇に変化があっても、対話できる余地があれば、尊敬しあえる部分があればいくらでも関係を続けることができるし、結婚した人、母になった人という枠で相手を見るのはとても失礼なことだなと反省した。わだかまりがあるときは実際会うに越したことはないんだろうけど、電話をするだけでも随分自分の偏狭さや見落としに気づけた。

내년은 꼭 볼 수 있길...!!!をカカオトークで繰り返して3年。渡韓の不安要素が解消され、円安も今よりマシになったら(なるのかな?)来年こそは行きたい。ほんとに。

友達と時間を忘れて話まくりたいし、写真も映像もたっぷり撮りたいし、本屋とカフェに入り浸りたい。

 

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恐ろしいことに2022年も終盤突入なので、買ってよかったものや本の紹介はまとめて記録する予定です。

 

ばいっ。

 

www.koguma31.net

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2022-8 最近考えたあれこれ

 

こんにちは、そみです。

 

人間関係、食生活のことなど最近考えたあれこれの記録です。とても長い呟きになってしまいました。

 

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腰が重くなりつつある

 

2019年の秋頃、仕事や諸々の事情など身の回りのことが一旦落ち着いた。さて次は韓国にワーホリだ!と着々と準備を進めていた矢先、突然鎖国状態になってしまった。

韓国に定期的に渡ることが日々の生き甲斐だったから、初めはかなり強いストレスを感じていたのだけど、あれから3年も経つと当時のような猛烈な旅行欲は完全とはいえないけどかなり冷めてしまってる。コロナ禍になり、良くも悪くも人間、順応する生き物だなあとよく思う。

 

今年に入って少しずつ韓国に行ける兆しが見えてきたけど、ただでさえ準備や適応が大変なワーホリに感染症のリスクまで加わって、はい、ビザの発給再開されたので行ってきます!とはなかなかなれない。

今している仕事の一部を一旦停止しなきゃいけないこと、帰国後もまたその仕事を任せてもらえる保証はないことなども考えると、ただでさえ不安定な働き方なのにそこまでリスクを負っていくべきなのかとも思う。

と言いつつも、韓国に渡ってしたいことを書き出すとペンが止まらない。これをせずに死ぬなんて無理だという気もしてくる。あと1年悩むことで行けない理由がさらに増える気もする。準備しはじめるなら来年か...。

 

さて、たぶん生きているだろう1年後、2年後の自分はどんな選択をするのでしょうか。

 

 

胃が痛くなる関係とおさらば

 

1年ほど前からとあるきっかけで知り合った人に好意を向けられていた。

私は人に恋愛感情を持たない人だと当初から相手に伝えていたし、あなたが考える恋愛関係を私に期待しないならということでしばらく付き合いを続けていた。

初めは印象もよかったし、お互いが未知の分野に携わっていて話も盛り上がった。一緒にいる時間も楽しかった。

 

でも4回ほど会った段階で、私が初めに話したことが全く伝わっていないことが判明し、徐々に相手の言動に嫌悪感を抱くようになった。

会う回数が増えるにつれ、スキンシップを試みてくるようになったし(車内の密室空間で本当に恐怖だった)、料理が好きだと言っただけなのに手料理作ってと言ってくる。

「自立した女性」「知性ある女性」を褒め言葉だと思っているのも嫌だった。

とにかく頼ってほしいとか、あなたを理解してるだとか、会って間もない人に薄っぺらい言葉を言えるのは、さてはまとめサイトにのっているような恋愛マニュアルを参考にしてるのでは?と思ったり。

 

親密な関係を築きたい人とは必ず共有しておきたい認識もことごとく合わなかった。合わないだけならまだいいけど、性差別の問題は今の日本社会には存在せず過去のものだと言い切る姿にげんなりした。

 

連絡が来るたびに胃がちくりとするようになりもうダメだと思った。

といっても無下に既読無視などできないから、もう会えないと正直に話して今年の春に関係を終わりにした。

 

やはり初めての人に会う時は、相手のSNSなどの事前情報なしだと私はきついなと思い知った出来事だったし、なによりも「恋愛しないセクシュアリティっていっても、アピールを続けていればいつかそういう関係になってくれるだろう。ただ様子見したいだけだろう。」と思われてたことが一番悲しかった。

 

昔から人の中ですんなり馴染めたためしがないから、稀に人から親しくなりたいと言われると「え?私と仲良くなりたいだと?」とつい舞い上がってしまう。

今回もその気持ちに引っ張られて無理した結果、胃の痛くなる関係に発展してしまったのだけど、ただその人と合わなかっただけで特に私が反省することはないとも思う。

 

今回は良好な関係が築けなかったけれどこれがまたトラウマとなって閉じてしまうようなことは絶対にしたくない。

決して社交的ではないけれど、今後も話してみたい、仲良くなりたいと思ったら素直にそれを伝えたい。

 

 

ただ良い人に恵まれてるだけだった

 

他にも初対面の人からの質問責め(恋人の有無や家族構成など)に困惑したり、仕事上の人間関係(かなり少ないほうだけど)に心を削がれたり、この夏は他者との関係に疲れる瞬間がたびたびあった。

この2〜3年は今までになく良い人達に囲まれて過ごせていたから、あたかも人との関わりがうまくなったかのような錯覚に陥ってた。

安心安全な関係から一歩外にでると、固まってしまう。言動がぎこちなくなってしまう。

 

世間で共有されてるお決まりの質問に言い淀みなく答えたり、また私も相手にテンポ良く質問(本当に聞きたいと思ってないことでも)したりすること、沈黙を最大限避けること、面白くなくても笑顔を絶やさないことがコミュニケーション力の高さだとされてることにしんどさを感じる。中学生の頃から今まで苦しんでいることはいつもこれ。

 

「うう....さっきから相手からの質問がひっきりなしに続いてる...高速Q&Aや....これはそろそろ私も質問しなきゃいけないタイミング? でもこれは質問してもいいことなのか、いや、よくないか.... 自分だったら聞かれたら嫌だもんな...じゃあありきたりだけど趣味とか...?」

なんてことをおしぼりの端をつまみながら考えてたら、いつのまにか沈黙が漂っていて、その初対面の人が「何か私に質問ないですか?笑」と言った。

家に帰りたくなった。

 

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共感できなさ、わからなさに耐える

 

人と関わる上で、わからなさや共感のできなさに耐える練習が必要だなと思うようになってきた。

自分のこともよくわからないのに、ましてや相手のことがわかるというのは不可能なことで、相手の語りをわかった気になってつまりこういうことでしょと自分の想像の範囲内にまとめてしまうのはよくない。

何かリアクションをしないといけないと思って、「私も同じ経験をした」「あなたの気持ちはよく理解できる」とか安易に言わないこと。相手の語りは相手のものだということ。

 

と、頭ではわかっている。でも人と話すだけで精一杯になりがち&好きな人に好かれたい気持ちが前に出て失敗しがちな私は人との関わり方に常に悩んでいる。課題山積みだ。

ただ今は、わからなくても、共感できなくても、沈黙があっても、饒舌に話せなくても良い関係を築くことは十分可能だということに気づいたし、それを気づかせてくれた周りの人達にも感謝している。

 

めげずに日々学び続け、誠実な振る舞いを身につけていきたい。

 

 

カテゴリー分けとジャッジに忙しい

 

たまに立ち寄る服のお店の店員さんと立ち話をしたとき、話の流れで野菜を育てていることや、普段作ってる料理の話題になった。自分のSNSにも載せてる数枚の写真を見せると「へえ!いわゆる丁寧な暮らしの人ですね!」と言われた。

個人的にこの言葉があまり好きではない私は、自分の日々の生活を丁寧に美しくすることで社会がよくなるなんて微塵も思ってないぞ!!!と決めつけられたことにムッとしたけど、「私だってSNS上の、見せたい瞬間だけを切りとった日常だけを見て人々を判断してしまうことあるよな...」と家に帰ってから自分を顧みた。

 

人間は基本的に怠惰だから油断すると人をカテゴリ分けしたり、一部を全てだと思ったりしがち。こういう発言をしたからこういう人間に違いない、この趣味の人は〇〇系だろうとジャッジするのに忙しい。でもそれを自分がされたら不機嫌になる。

 

人を傷つける行為への批判は例外だけど、時に判断のスピードを落として保留することも必要だということ。自分が見てる他者の姿は極めて限定的であるということ。常に頭にいれておきたいなと思う。

 

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肉と野菜栽培

 

数年前から徐々に徐々に肉を食べる量を減らしている。毎日なんらかの肉を口にしていたところを、週3回程度にすることを目標にゆるく続けている。

住んでいる環境(日々一緒に食事する人に合わせてもらわないといけないことや、田舎には菜食レストランがないことなど)、ワークスタイル(仕事が忙しい時期は植物性タンパク質のみの献立を考える余裕がなさそうなど)などを考えて今の自分にはビーガンは無理だと判断したけれど、それでも肉食文化の闇を知ってしまった以上、せめて頻度を減らそうと思った。

 

一時的に肉をやめてみたこともあったけれど強いストレスを感じた。

今の自分には週3ペースがちょうどいいし、誰かと食事をするときは食べる、ひとりのときでも食べたくなったら我慢せずに食べる、でもどちらでもいいときは肉を選ばないとルールを決めている。

日々の食事も楽しみつつ、動物や環境に負担のないスタイルをもう少し模索してみたい。

 

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献立に今まで以上に気を配るようになってからは野菜を買う量がとても増えた。

家の近くに農協スーパーがあり、そこで新鮮な無農薬野菜などを買っているのだけど、お金と交換しないと食べ物を手に入れられないことがある時窮屈に感じられた。

肉を減らすと同時に野菜作りも始めることにした。

大の虫嫌いの私にはきつい瞬間もあったけど、プチトマト、えごまの葉、ビーツ、韓国かぼちゃ、ナスの栽培に成功。農協のスーパーに行く頻度もぐんと減った。

種代や土代など初期費用は必要だけど、お金と交換することなく手に入れた野菜。自分の手で育てた野菜。これを食卓に並べると不思議と安心感が生まれる。

ただのものなどない、何にでも価格がつく資本主義社会の中で、ほんのわずか解放される瞬間が毎回嬉しい。小さな逸脱をこれからもちまちま増やしていきたい。

これを自分ひとりではなく、他の人も巻き込んで野菜交換とかしあえたら楽しいだろうなあ...なんて想像しながら今日もエゴマの葉によってくるバッタとたたかってます。

 

 

 

2022.8